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第十二話 神威の優しさ①

last update Last Updated: 2025-06-29 17:31:48

 夜も更け、身を清めるため皆で銭湯へ向かうことになった。

「おーい、雛。銭湯行こうぜ」

 宇随が呼ぶと、雛は気まずそうに答える。

「うーん、まだ酔いが冷めないから、もう少しあとで行きます」

「えー、じゃあ俺もあとで行く」

 それはまずい、雛が宇随の背中を押した。

「待ってなくていいです、早く行ってください」

 雛に強く言われた宇随は、残念そうな顔を向けながらすごすごと屋敷を出ていった。

 そのあとから隊長の伊藤が心配そうに雛に近付いてきた。

「斎藤、具合が悪いのか?」

「いえ、大丈夫です。少し酔っただけで……あとで行くので先にどうぞ」

 笑顔で答える雛の顔を覗き込み、少し安心した表情で伊藤は頷いた。

「そうか、ではな」

 伊藤は本当に面倒見が良く、一人一人をしっかりと見ている。

 隊のことを一番に考え、隊員たちのことも大切に思ってくれていた。

 伊藤の背中を見つめながら、あの人が隊長で良かったと心から思う雛であった。

 銭湯の営業時間ぎりぎりの時間を狙って、雛は銭湯へと向かう。

 向っている途中、二人の隊員とすれ違った。

 あと四人か……なんとか切り抜けなければ。と気合を入れる雛。

 銭湯の入口で、もう一人の隊員と出会う。

 よし、あと三人。

 高鳴る胸を押さえ、雛は脱衣所へと向かった。

 下手したら、戦闘の時よりも緊張している。

 気持ちを落ち着け、雛は足を進めていく。

 本来なら、雛は女湯へ行くべきだが、今は男装しているのでそうもいかない。

 ドキドキする胸を押さえつつ、脱衣所の前へ立った。

 思い切って脱衣所へ入った雛の目に飛び込んできたのは、伊藤だ。

 ちょうど着替えを終え、出ていくところのようだった。

 雛を発見すると、伊藤は優しく微笑んだ。

「おう、やっときたか。あと三十分で銭湯は閉まってしまうからな」

「は、はい。お気遣いありがとうございます」
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